今回から、小児科医の先生に、赤ちゃんが生まれ、初めてこの世の「空気」に触れる所から、発達する過程で、直面していく様々な病気への対応等について、書いて頂きました。
はじめに
個体発生は系統発生を繰り返す。即ち、三十数億年前からの生命の進化を、一個の個体の発生で繰り返
されている。当然ながら、そのことは、人においても、行われており、子宮の海のなかで生まれた命が、出産という、劇的な事象を通じて、陸上生命になり、生きていかざる負得なくなる。どれほど劇的かは、分娩による赤ちゃんの受ける圧の変化は、10メートルの水中から、浮き上がって来る時受ける圧の変化になるらしい。どれだけ危険かは、ある女医さんが、あんな危険なことは、とても出来ないと、言ったとか言わないとかという話をまた聞きしたことがある。
これまでのシリーズで、各専門分野についての個々の説明はかなりなされており、ここでは、人の誕生から発育や発達、アレルギーや感染症、予防接種などで代表的な例をあげ、なぜ起るかの説明、今問題となっていることやその対処法、相互の関連など可能な限り、出来るだけ簡単な言葉で説明し、治療の概略ものべてみたい。といっても、網羅的に述べるスペースはなく、興味深い点を取り上げて物語的に説明したい。
出生時の呼吸について
正常な満期成熟児が、3000グラムくらいで、生まれるのに、300グラム以下でも正常発達可能な症例が、奇跡的にしろ報告されるようになったが、早産児の大変さは様々の臓器で起こる。準備不十分な未熟な状態で、子宮内の母の庇護のもとの海中生活から陸上生活に、個人で適応しなくてはいけない。水中から陸上という環境の変化と前書きで述べた圧の変化というか試練、母親からの独立という3つの変化を乗り越えなければならない。さらに、肺の未熟な状態は、さらなる試練で、致命的にもなる。
呼吸の異常をきたす病気は、多くあるが、未熟性のため起こるRDSといわれる未熟な肺のため呼吸困難をきたす病気が代表的なものだ。肺は成熟児では、換気可能なように膨らむことが出来る状態で生まれてくる。ところが、未熟なためある物質が不足し、肺が膨らまない、膨らみにくい状態になる。そんな赤ちゃんは、十分な呼吸、換気出来ず、頻呼吸で苦しそう、うなり声をあげたり、肋骨の間が凹む呼吸をする。その赤ちゃんに肺の膨らむことが出来るようになる物質を気管支から注入するとうまくいけば肺は膨らみ正常な呼吸が出来るようになる。研究は、日本人の研究者の成果で日本の製薬会社が薬を製造している。当然ながら赤ちゃんの研究から生まれた物だが、応用として、成人の大量出血をしてショックをきたした後の肺でも、肺を膨らませる物質の不足状態になり、その時の治療にも使われるようになってきた。どちらも、肺の内面に、硝子膜が出来る病気だ。ならば、未熟な肺でも、肺胞を膨らませる物質を投与すれば、血管、その他の組織もあり、それらの未熟性は克服できない場合もあり、どこまで未熟でも生存できるわけではない。
分娩が呼吸に及ぼす影響ついて
前書きに述べたように、出産時の赤ちゃんの受ける圧の変化は、危険であるが悪いことだけではなく、出産時の圧力が、赤ちゃんに加わることにより、胎内で水浸し肺の水を体外に押し出す働きもある。出産は、危険なものでもあるが、実に合理的な営みでもある。頭位分娩で生まれるときは、頭が先で、分娩にはいる。頭も圧迫されるが、すぐ苦しい時間は、短く、胎盤を通じて呼吸を行い、赤ちゃんの命の源泉である臍帯の圧迫時間も短く終わり、口、鼻から空気が入れるようになる。その後、肺が圧迫され肺の水が搾り出されて、苦しくて泣く時、肺に空気が入り、肺が広がり、呼吸が可能になる。だから、肺に圧が加わるのは、呼吸には役だっているのである。
しかし、分娩が頭位でなく、骨盤位なら事情は、異なる。分娩が開始されると足から娩出される。肺は圧迫され肺の水は排出されるが、頭は、子宮内にあり、呼吸は出来ない。臍帯が圧迫され、苦しくなり、呼吸すれば、羊水を飲み込むことになり、そうすれば、羊水が綺麗でも、溺れたのと同じ状態になり、酸素不足の心配がある。苦しいので、胎便が羊水内に出されておれば、それを吸い込むと、MAS(胎便吸引症候群)をおこす。胎便を飲み込んだ肺炎になる。呼吸困難は、胎内、胎外で低酸素状態を起こす可能性があり、低酸素のための中枢障害を来たすことがある。だから、骨盤位は直さなくてはならないと言われるのである。ならば、呼吸困難をきたす病気は、RDSとMASのみかというと、そうでなく、圧の変化が、水深10メートルから出てくるくらいの圧変化を来たすことにより、肺が破れ、気胸を来すこともある。その他、肺の水分が、うまく出されなくておこる一過性の多呼吸や胎内、胎外でおこるウイルスや細菌による肺炎などもある。
呼吸と循環の関係
呼吸と循環は、相互に関連しているが、出生時には、関連しながら劇的変化をする。胎児循環と出生後の循環の変化だ。胎児は、母親に栄養、換気を依存しており、肺は働かなくても生存可能だ。母親の動脈が胎児に直接繋がっておれば、出生後と同じ、高酸素状態になるが胎盤は、胎児と母体は離れており、その間は、拡散で、母側から酸素は届き、児側の炭酸ガスは吸収される。そのため、児側の酸素濃度は低酸素状態なのだ。胎盤から児側に流れてきた血液は心臓に入り、普通の成人の循環なら肺に行くが胎児では大半が肺動脈から動脈管を通じて、大動脈に流れる。(胎盤でガス交換が行われているから肺でのガス交換は不要)動脈管は、胎内の低酸素状態では、血液が流れるように開通しているが、出生し呼吸が始まり、児が呼吸により、血液中の酸素濃度が上がれば、閉じて、肺動脈の血液は、肺に流れる。呼吸が始まる、児の体内の酸素濃度が高まる、動脈管が閉じる、肺動脈に流れる血液が増える、といった現象が同時進行的に進むのが、出生の時なのだ。だから、呼吸がうまくいかず、低酸素状態が続くと動脈管が閉じずに生後も動脈管が開いた状態が続き、動脈管開存症になる。その場合は、胎内と違い、大動脈から、肺動脈に流れる。また、チアノーゼ性の心臓病(酸素濃度が低く、炭酸ガスが高い心臓病)では動脈管が開いている場合が多い。つけ足しだが出生後発育が悪くなることの多いチアノーゼ性心蔵病の赤ちゃんの胎内の発育は悪くない。動脈管より、量は少ないが、ふたつの心房の間の卵円孔も、胎内では、右から左に流れ、肺の血流が多くなり、酸素濃度が上がると、閉じる仕掛けになっている。
最後に
そのほかにも、出生を契機に劇的変化は、多方面で起こる。血液では、胎内の低酸素状態が高酸素状態に変わるため、赤血球が減り始め、溶血がおこり黄疸が発生する。白血球は、出産時の感染や外傷のためにだろうか、細菌感染に対処可能なように、数が多く、しかも好中球が多い状態で生まれてくる。実に多方面が合目的に変化している。
子供は、元気で、泣き、暴れやかましく大変である。診察室でも、検査する場でも、神経を参らせる。しかし、病気で、人工呼吸していた赤ちゃんが、管を外され、呼吸器をはずされるとかすれ声で泣く声を聞くと、やかましいのは、元気に生きている証拠で喜ばしいことと思えるように寛容になる。こんなことは小児科医の特権かもしれない。それにしても、赤ちゃんが泣いたので静かにしようとしてもうまくいかず、不幸な結果になるニュースを聞くことがあるが、マタニティブルーの関係もあろうが、多方面の援助不足、ちょっとした知識が共有されておればと思う。